2005年4月24日 No.751
| NPT再検討会議を前に 核廃絶を求める声 世界に広がる |
| 189カ国が加盟するNPT(核不拡散条約)は五大国だけに核兵器保有を認め、他の国々には保有を禁じ、核兵器独占を前提とした不平等条約です。しかし、第六条は、核保有国に軍縮努力を求めています。前回二○○○年の再検討会議では核保有国による「核兵器廃絶の明確な約束」が米国を含む全会一致で合意されました。五月二日からニューヨークの国連本部で開かれるNPT再検討会議に向けて、世界各地で、核保有国にこの「明確な約束」を守らせ、核廃絶への道を拡げようという運動が広がっています。 一方、核保有国は核廃絶に背を向け、特に米・ブッシュ政権は核使用政策に突き進み、予断を許さない情勢です。 今年は広島・長崎に原爆が投下されてから60年の節目の年でもあり、東京からも東京原水協が中心となり、NPT再検討会議に向け、百二十万署名を積み上げ、国連・各国政府への要請団を百名規模で派遣するとともに、5月に始まる国民平和大行進の成功、原水爆禁止世界大会(八月広島・長崎)の成功に向けて、署名と募金活動をすすめています。 |
| 中原議員の叔父の楠山茂さん(71
)が昨年、長崎新聞に載せた手記。 文中、 歳年上の姉とあるのは中原議員のお母さん。 |
| 私の被爆ノート わすられぬあの日 昼間なのに真っ暗に 西彼杵郡茂木町(当時)に両親や兄弟と暮らしていた。町内にあった日吉国民学校の6年生。夏休みだったので両親の手伝いをしていた。 8月9日の朝は、いつものように姉と二人で近くの山にまきを取りに行き、担いで家に帰る途中だった。大きなスギの下で休んでいると、警戒警報が鳴り響いた。そのとき、B が私たちの頭上を通り、遠くの空に白いものがぷかぷか浮いているのが見えた。「あれなんだろう」と指さした瞬間、ぴかっと光り、目がくらんで辺りが真っ暗になった。初めて見る強い光だった。 途端に怖くなり、近くの森に隠れようと姉と走った。パーンというような金属音が聞こえ、森に着く途中で地面に身を伏せた。しばらくして家に帰り空を見ると、長崎方面の空が茶褐色に焼けていた。爆風で吸い上げられたのか、着物の切れ端や食器の破片、こげた板切れなどがぱらぱらと落ちてきた。原子雲はどんどん大きくなって太陽の光をさえぎり、昼間なのに真っ暗になった。この雲が下りてくるのではないかと思い、怖くてたまらなかった。 夕方、長崎市内にあった逓信講習所に通っていた4歳年上の姉が歩いて帰って来た。 校舎内で被爆してガラスの破片を体に受けており、白いブラウスのあちこちに血痕が付き、痛々しかった。 長与駅に勤めていた 歳年上の姉は翌日帰って来た。線路伝いに歩いて来たため、人を乗せたまま焼けた電車、黒く焦げた死体が道端にあふれている様子、立ったまま死んでいる馬など、見たことを生々しく話してくれた。それで原爆の威力を知ったが、 歳か 歳だった姉には大変なショックだったろうと思う。原爆投下後には米軍が茂木の海岸から上陸してくるとのうわさが広まり、一時期は森に逃げ込んだこともあった。その後は家族で原爆投下前と変わらない生活に戻り、 日には近所の人たちと玉音放送を聞いた。意味は分からなかったが、戦争が終わったのだと何となく感じた。 私の願い 原爆は人類史上最大の大量破壊兵器だと思っているが、今の国民や政府は原爆を2回も投下された重みを本当に分かっているのだろうか。原爆のことは絶対に風化させてはならず、語り継いでいかなければならない。 |
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