2005年7月17日 No.761
高橋議員は羽村市6月定例市議会で「学校で日の丸・君が代 の強制はしないように」
と一般質問しました。
| 学校に「日の丸・君が代」を強制するのは止め 教師や子どもたちの「思想・信条の自由」「内心の自由」の保障を |
| 羽村市の小・中学校は、入学式・卒業式に「日の丸・君が代」を強制している。児童生徒は喜んで「君が代」を歌っているようには見えないが、教育長の感想を伺いたい |
| 高橋議員 国旗・国歌の「強制はダメ」が世界の常識です。 アメリカでも「教育委員会が国旗への敬礼を子どもに強制することは、信教の自由を保障した合衆国憲法に違反する」という最高裁判決があります。アメリカでも「強制は憲法違反」です。イギリス、フランス、ドイツなどでも国歌を学校行事において演奏されることはないそうです。 日本でも、政府は国旗・国歌法が制定された際に、「義務付けを行うことは考えておらず」「児童生徒の内心に立ち至って強制しようとする趣旨のものではない。」と、国会で答弁しています。 ところが、羽村市の小・中学校は、入学式・卒業式に「日の丸・君が代」が強制されています。 入学式や卒業式は、子どもの成長をみんなで心からお祝いするものだと思います。しかし、児童生徒を見ても、「君が代」を喜んで歌っているようには見えません。小学校の入学式で幼稚園や保育園を卒園してきたばかりのかわいい新1年生に「君が代」を歌い聞かせている情景は、私には異常としか思えません。このような事実について、教育長の感想を伺います。 |
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教育長 本市では、学習指導要領に基づき「入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導の徹底についての通達」を出している。市内小・中学校すべてで国旗掲揚・国歌斉唱が行われている。 入学式や卒業式等の儀式的行事の場では、「厳粛で清新な気分を味わう」ことが求められており、児童・生徒は国歌を斉唱している。国旗を掲げ、国歌を斉唱することは自然なことである。 児童・生徒が将来、国際社会において尊敬され、信頼される日本人として成長していくためには、自国や他国の国旗及び国歌に対して一層正しい認識をもたせ、それらを尊重する態度を育てることが重要なことであると私としては、考えている。 |
| 「日の丸・君が代」を強制する東京都の通達は撤回させ 国旗・国歌の扱いは学校の判断に任せ、個人に強制しないように |
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高橋議員 東京都教育委員会が、「入学式・卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について」と題する「通達」と「実施指針」にもとづいて、「日の丸」掲揚、「君が代」斉唱をはじめとして、式次第から設営にいたるまでこと細かく定め、学校と教職員、さらには事実上、児童・生徒にこれを強 制しています。その結果、羽村市の学校現場でも「日の丸・君が代」が強制されているので、東京都の「通達」等は撤回させて、国旗・国歌のあつかいは学校の判断に任せ、個人に強制しないようにすべきではないでしょうか。 「日の丸」・「君が代」は、かつて日本がおこなった戦争のための国民総動員の手段にされ、この戦争で日本とアジアの諸国民は、多大な惨禍を蒙り、「日の丸」・「君が代」は日本軍国主義のシンボルとして受けとめられてきました。こうした歴史的な経緯から、国民の間には「日の丸」・「君が代」に対して、さまざまな思いがあり、これらを掲揚、斉唱することについても、賛否両論が分かれています。こうした状況のもとで、入学式・卒業式に「日の丸」掲揚、「君が代」斉唱を一律に求めることは、憲法19条の「思想・信条の自由」「内心の自由」を侵害することになります。 とくに学校教育は、子どもたちの個性を尊重し、能力と可能性を引き出し、人間的な成長を育むものです。児童・生徒にも、教職員にも、「思想・信条の自由」「内心の自由」がしっかりと保障されるべきです。 「日の丸」を掲げるか、「君が代」を歌うかは一人ひとりの心の問題です。生徒が起立し国歌を歌わないと、担任の教師を処分する、などという愚かなことは、止めさせるべきではないでしょうか。 教育基本法前文は、「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国歌を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この実現は、根本において教育の力にまつべきものである。」としています。その教育の場で、「強制」が行われないよう、教育者のがんばりを期待するものです。 |
| 教育長 学校教育において「国旗・国歌」の意義を理解させ、それらを尊重する態度を育てることは非常に大切なことなので、都の通達に従って行うことが大変重要なことであると考えている。 |
| 二〇〇五年原水爆禁止国民平和大行進を一緒に歩きましょう 七月二三日(土)十時三〇分頃、羽村市役所に到着します |
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